怒られてもなんでも、仕事自体が楽しい。

山崎勝太

山崎 勝太2017年入社|鳶工

山崎勝太

高校時代はどのような学生でしたか?

学校はまじめにいって勉強していました。あとはずっとアルバイトをしていました。
建築学科だったのですが、一番成績が良かったのは製図の授業とかです。
出席して課題を出していればよかったので(笑)。

東京躯体に入社した経緯を教えてください。

山崎勝太就職活動の時に最初いくつか求人票を選んだ中から、東京躯体を自分で選びました。自分は父親が鳶だったこともあり、中学くらいから鳶になるつもりでいたので、建設会社の求人票をいろいろ見ていて、その中で退職率がゼロと書いてあったのが目に留まったんです。新卒で入った高校生が結構続いているんだ、いいな、と思いました。

そのあと会社見学にいって、ちゃんとした会社なんだ、と思いました。鳶をやっている父親のイメージを持っていったら、良い感じで、全然違いました(笑)。

入社してからはどのような経験をしましたか?

鳶工の仕事は何となくわかっていましたが、入社してからは建築土工に携わるということで、実はなにするのかまったくわかっていなかったです。なんとなく土を掘ったり、土をいじったりする仕事かと思っていたんです。入社してから、コンクリートを打設する仕事だとわかりました。入社してから最初半年くらい土工の仕事で現場に入っていました。その後、鳶のメンバーに入ることができました。自分で鳶をやりたいと先輩に相談に行ったり、先輩から状況を聞いてもらったり、会社の行事で社員が集まるときに鳶の職長のところに行って、お願いしたりしたんです。で、念願かなって鳶工事メンバーに入ることができました。

山崎勝太

鳶工として今どのような経験をしていますか。

土工でコンクリートの打設や様々な仕事を経験してから、鳶工事メンバーに入って、そこから半年くらいは、ずっと材料運びでした。 鳶の仕事をなんとなくわかっていても、実際に働き始めると何もわかりませんでした。最初の頃の材料運びで、指示されてその材料を取りに行っても、どれが何かわからないんです。持っていって、「違う!」と怒られまた持っていく、ということを何度も経験しました。初めて見る材料が多いんですよ。でもそうやってだんだんと仕事を覚えていきました。

今でもわからないことがまだまだ沢山ありますが、どんどん質問をして、聞いて覚えていっています。わからないことはすぐに聞く。でも覚えが悪いので、何度も怒られながら、という感じです。

ずっと成りたいと思っていた鳶工になれたので、今、とても楽しいです。
怒られてもなんでも、仕事自体が楽しい。いろんなことができるんですよ。溶接とか、溶断とかも。そういうのは先輩たちに教えてもらって、やったりしています。高校生の時に、父親に鳶工に必要な資格をきいて、調べて取得していたんです。何より鳶工事メンバーの雰囲気の中で仕事ができるのが楽しいです。

東京躯体は、皆親切でいい会社です。仕事中は、当たり前ですが、厳しいです。その分、土工も、鳶工もやりたいと思えばいろいろ経験できて、職人として高い技術が身につくと思います。自分は、鳶工になりたくて鳶工になったので、ずっと続けて頑張っていきたいと思っています。